ここ数年、すっかり市民権を得た言葉「FIRE(Financial Independence, Retire Early)」。
特に30〜40代の人たちの心をつかみ、YouTubeでも「FIREを目指して奮闘する姿」をよく見かけます。
ただ、このFIREブームに賛否両論があるのも事実。
本書『シン・ファイヤー』は、元朝日新聞記者で“超節電生活”を実践する稲垣えみ子さんと、「隠居生活」を掲げて暮らす著述家・大原扁理さんの対談形式で、世に広がるFIRE以外の“幸福のあり方”を模索する一冊です。
タイトルにあえて「FIRE」ではなく「ファイヤー」とカタカナを選んだのも、既存の流行とは一線を画す心意気を感じます。テーマはズバリ「幸せはDIY」。つまり、他人任せではなく自分で作る幸福についての探究です。
FIREは「お金の自由」か?
FIREとは「会社に頼れない」と考える若者が投資によってお金から自由になろうとするムーブメント。でも稲垣さんと大原さんは、そこに大きな矛盾を見ます。
「お金の心配から解き放たれるために、まずはお金を貯めろ」という構造は、結局また新たな敗者を生むのではないか、と。
本来“仕事”とは「人を喜ばせること」であって、必ずしも会社勤めを意味するわけではないはず。なのに私たちは「解決策=お金」と考えすぎている、と問いかけます。
幸せのハードルは下げていい
旅をすることは「老いる練習」だ、と彼らは語ります。不便さの中で衣食住を整えることこそ人生の訓練。
そして「幸せのハードルが低いほど、人は幸せになれる」。資本主義の中で“もっと、もっと”を求め続けるより、自分に「イイネ!」できる暮らしこそ大事なのです。
FIREなき「隠居生活」
大原さんのいう“隠居”は「メインストリームから外れても楽しく生きられる」という提案。稲垣さんも「人に親切にしていれば、巡り巡って自分に返ってくる」と話します。
彼らに共通するのは、世界を信頼していること。だからお金をため込む必要がない。「これは自分のお金」という感覚が薄れていく、と言います。
働くことと稼ぐことの再定義
本書で印象的なのは「働く」と「稼ぐ」を切り離して考える姿勢。
稲垣さんも大原さんも「お金をもらわないけどやる仕事」「お金をもらってやる仕事」「その中間」を自由に行き来しています。
大切なのは“自発性”であって、報酬の多寡ではない。人に喜んでもらう仕事をして、その対価でまた誰かの仕事に報いる。この循環こそ自然な経済の形だと語ります。
支出を減らすこと=惨めではない
「今を幸せにできなければ、将来の幸せもない」と二人は強調します。
支出を減らすことは惨めではなく、自分にとって本当に必要な優先順位を知ること。米が買えない貧困ニュースを見て「何を差し置いても米を買え」と感じた稲垣さんの言葉には説得力があります。
また、自己肯定感を育てるのはまず家事。家事と人間関係、この二つさえあれば人生は成り立つ、とまで言い切ります。
投資より「日々の小さな親切」
彼らにとって理想の投資は、近所の豆腐屋さんで毎日豆腐を買うこと。
資本主義社会では「輝き続けろ」というプレッシャーが強いけれど、お金を介さずとも人の役に立てることはたくさんある。
そして二人がたどり着く答えは「親切こそ最大の価値」。親切はスキルであり、練習で上手くなるものだと語ります。
FIREを超えて
本書はFIREブームを出発点にしつつ、実際は「私たちはどう生きるか」という根源的なテーマを扱っています。
「親切にしよう。それが世界をよくしていく」
そんなシンプルな言葉で締めくくられる本書は、FIREに興味がある人はもちろん、日々の生き方にモヤモヤを抱えている人にも新しい視点を与えてくれる一冊です。
👉 FIREに賛同している人も、懐疑的な人も。「お金のために働く」以外の道を知りたいときにおすすめです。